旅の話の続きです。
私の思い出に残る2つの旅のもう一つはヨーロッパの旅です。
洋楽に興味を持ってビートルズ、ローリング・ストーンズを知ってからロックにハマってしまい狂ってしまった。
60年から70年にかけてブルースやR&Bなどの黒人音楽はアメリカでロックならイギリスという雰囲気があった。
だからアメリカへ行くかイギリスへ行くか選択をしなければならなかった。
そんな時五木寛之の小説「青年は荒野をめざす」を読んだ。
ジャズミュージシャンを目指す20歳の主人公がモスクワ、ヘルシンキ、パリ、マドリードと自由と夢を求めて旅をする話だ。
この本を読んで決まった。
米国へは航空機でなければ行けないがイギリスへは横浜から船でソ連を経由してヨーロッパに入って行くことができる。
小説の中の様々なエピソードにも惹かれたが何と言っても旅行代金が安いのが1番の決めてだった。
73年8月横浜港からソ連船バイカル号に乗ってナホトカへ向かった。
初めての海外旅行ということでワクワクだったのだが初っ端から船酔いで船内食事が食べられないという情けないスタートだった。
ソ連に入国に際し日本の写真週刊誌を没収された。
ウラジオストックを経てハバロフスクへ行きそこから空路でモスクワまで行った。
モスクワでは市内観光があり赤の広場を散策したり地下鉄見学の他バレエ鑑賞がありそれを観てソ連の女性の美しさに参ってしまった。
モスクワからスウェーデンのストックホルムまで行く片道切符だった。
そこから先は1人旅になるのでスーパーマーケットで食料品を買って一旦店外に出たがそこまで一緒だった人がまだ店内に残っていたので再び店に入ってしまった。
これが間違いで店を出ようとしたところ私服のガードマンらしき男に捕まってしまった。
その男が何を言っているのか分からなかったが「パスポートを出せ」と言っているらしく「これは万引犯と間違われている」と思ったが言葉が通じないので困ってしまった。
そこでその男をレジまで連れて行ってレジの店員に「この商品はさっき自分が買ったものであると証明してくれ」と身振り手振りで説明してやっと解放された。
人権意識の高い国で泥棒と間違われたことに腹が立ったがそれをぶつける術も知らなかった。
こうしてヨーロッパ一人旅が始まった。